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東京高等裁判所 昭和27年(ネ)1166号 判決

控訴人 桂為助

被控訴人 木村八百太郎 外一名

主文

原判決を取消す。

被控訴人等の請求を棄却する。

被控訴人等は控訴人に対し東京都墨田区業平橋一丁目一四番ノ二宅地二四三坪八合二勺に関する東京法務局墨田出張所昭和二四年八月八日受附第七七一〇号抵当権設定登記の抹消登記手続をなすべし。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人等訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張〈立証省略〉は、すべて原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

第一、本訴。

東京都墨田区業平橋一丁目一四番ノ二宅地二四三坪八合二勺(本件土地)が訴外渡辺秀雄の所有であつたことは、当事者間に争がなく、成立に争のない甲第二号証並びに原審における証人渡辺秀雄の証言及び被控訴人木村八百太郎の本人尋問の結果を総合すれば、被控訴人等が昭和二四年五月初訴外くるみ豆炭株式会社(昭和二四年七月中頃商号を日本特殊燃料株式会社と変更)に対し、訴外渡辺秀雄を連帯保証人として各金二五万円宛計金五〇万円を貸与し、同日右債務の担保として、訴外会社の工場建物の外訴外渡辺秀雄所有の本件土地及び一一坪余の土地に抵当権の設定を受け、同訴外人から登記に必要な書類を受領したことを認めることができる。

次に訴外渡辺秀雄が昭和二四年七月八日本件土地につき控訴人との間に、売買予約をなし同時に賃貸借契約を締結し、これらを原因として、それぞれ(イ)同日東京法務局墨田出張所受附第六八二七号をもつて所有権移転請求権保全の仮登記、(ロ)同出張所受附第六八二八号をもつて存続期間昭和二九年七月七日迄賃料一ケ月金百円期間内支払済賃借権譲渡及び転貸をなしうる特約ある賃借権設定の登記がなされたこと、及び同年八月八日売買契約をなし、同年九月一九日これを原因として(ハ)同出張所受附第九〇六号をもつて所有権取得の登記がなされたことは、いずれも当事者間に争がない。

ところで、被控訴人等は、右(イ)(ロ)(ハ)の一連の行為は公平の理念に背き公序良俗に反する無効のものである、すなわち、前記(イ)(ロ)の行為は控訴人の訴外人に対する金一五万円の債権を担保するためになされたものであり、右債権に対する代物弁済として売買名義で本件土地所有権を移転したのが(ハ)の行為であるところ、本件土地の売買時の時価は金七三万円に達したのであつて、右債権額金一五万円は対価としては甚だしく不当に低廉であり、訴外人に対して苛酷に控訴人に対して極めて有利な不公平な結果となつているが、これは控訴人が訴外人の窮迫と法律的素養の不足とに乗じて不当の利益を得ようとして一方的な契約を結んだからである、と主張するので、これについて判断する。成立に争のない乙第一、二号証、第三号証の一、二及び原審証人渡辺秀雄、原審並びに当審証人久保章吾、当審証人前沢恒治の各証言と原審における控訴人本人尋問の結果とを総合すれば、控訴人は昭和二四年七月八日訴外前沢恒治の仲介により訴外渡辺秀雄に対し、金三〇万円を期限向う一ケ月利息月一割五分の約定で貸与し、その際手数料並びに利息の前払として金九万円を天引し、これに対し、訴外渡辺秀雄は、振出人訴外会社裏書人渡辺秀雄、金額三〇万円、満期同年八月六日の約束手形を控訴人に差入れ、半額の金一五万円を期日に弁済しないときは本件土地を控訴人に譲渡し、売買に因る所有権移転登記をなすことを約し、右契約に基く控訴人の権利保全のため本件土地所有権移転請求権保全の仮登記及び賃借権設定の登記をし、翌月利息金二万円を支払い、更に滝野川所在の訴外人自宅を担保に追加したが、訴外人は遂に右債務の履行をなすことができなかつたため、控訴人は右契約にもとずき本件土地を金一五万円の債務に対する代物弁済として取得し、売買名義で前記仮登記の本登記手続をなしたことが認められる。(証人渡辺秀雄及び証人久保章吾の原審における証言中右認定に反する点は措信できない。)一方原審における被控訴人木村八百太郎本人の供述及びこれにより成立を認めうる甲第七号証を総合すれば、本件土地は他の一一坪余の土地と合せて、被控訴人木村の経営する平和商事株式会社から訴外渡辺秀雄が購入したものであるが昭和二四年三月二三日の契約時において(右一一坪余の土地と合せて)代価は金四八万六、六三二円であつて坪当金二、〇〇〇円の計算であることが認められ、又当審における証人佐久間盛保の証言並びに鑑定人松村金造の鑑定の結果(第一、二回)によれば、本件土地の昭和二四年六、七月の更地としての時価は坪当金二、〇〇〇円計金四八万円位であつたことが認められるので、前記売買予約当時本件土地の更地としての価格は坪金二、〇〇〇円計金四八万円であるところ、右証人及び鑑定人の鑑定の結果を総合すれば、昭和二四年六、七月頃本件土地中九五坪の上には、訴外佐久間盛保の家屋が建築されてあり、その後佐久間は右九五坪につき控訴人と賃貸借の契約をしたので、結局控訴人は本件土地を内九五坪の借地権附のまま取得した結果となり、かかる借地権附の本件土地の昭和二四年六、七月頃における価格は金三九万二、六四〇円であることが認められるのである。以上認定の事実によれば、控訴人の取得した本件土地の価格は前記債権額金一五万円をはるかに超え、訴外渡辺秀雄が本件土地を失うことは経済上不利益であることは明らかであるが、控訴人が訴外渡辺秀雄の窮迫と法律的素養の不足とに乗じ、不当の利益を得る目的で、前記一連の行為をしたとのことは、被控訴人の全立証によつても、これを確かめることはできない。却て、原審証人渡辺秀雄の証言によれば、渡辺秀雄はその経営する訴外会社の経営状態を立て直そうとして、控訴人から金借したのであるが、同人は右借受金については、他から金融を受けて早急に返済しうる意思であつたので、任意に前記の売買予約及び賃貸借契約をなしたのであるところ、後になつてその他人から融資を受けることができなくなつたので控訴人に対する債務をも履行することが不能となつたため、昭和二四年八月八日の売買契約をなすに至つたことが認められ、又原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は金融業者であり、訴外久保章吾の紹介により初めて渡辺秀雄を知り、同人は九州で豆炭原料の買付に要する資金として金融を必要としているのであり、その担保として土地を提供する旨話され、又控訴人自ら渡辺の工場を検分して多量の原料入れ俵の存するのを見て同人を信用し本件金員を融通するに至つたことが認められ、以上の事実によれば、渡辺秀雄は金融業者たる控訴人から本件金員を借り受けるにあたり、もし右債務を履行しないときは、その所有の本件土地を代物弁済として控訴人に移転することを覚悟の上で任意に前記一連の契約をなしたものというべきであるから、これをもつて公序良俗に反する無効のものとなすことはできない。

されば、公序良俗違反を理由として、売買予約、賃貸借、売買の各行為の無効確認を求めると共に、これらの行為を原因とする前記(イ)(ロ)(ハ)の各登記の抹消登記手続を求める被控訴人等の請求はその理由がないものといわなければならない。

被控訴人等は、仮に右各行為が有効であるとしても、これにより被控訴人等の訴外渡辺秀雄に対する債権を甚だしく害されることになり、右訴外人及び控訴人は右事情を認識しながら右各行為に出でたのであるから、被控訴人等はこれを詐害行為として控訴人との関係において取消す旨主張するから、この点について判断する。被控訴人等が主たる債務者たる訴外日本特殊燃料株式会社連帯保証人渡辺秀雄に対し金五〇万円の債権を有することは、さきに認定したところであり、原審証人渡辺秀雄の証言によれば、昭和二四年六月当時訴外会社は、被控訴人等に対する右債務を含めて一〇数名に対する債務合計金四〇〇万円位を負担しているが、格別資産を有せず、又訴外渡辺秀雄個人は、右保証債務の外、数名の者に対し合計約金一二〇万円の債務を負担しているが、資産としては、本件土地の外さきに認定した宅地一一坪余及び滝野川所在の家屋を有するに過ぎず、到底債権者に満足を与えることができないことが認められる。

しからば、控訴人の前記各行為により共同担保たる訴外渡辺秀雄の資産は甚だしく減少することとなり、被控訴人等の債権は著しく害される結果となるものというべきである。しかしながら、原審における控訴人本人の供述によれば、さきにも認定したとおり、控訴人が本件貸金をなすまで全く渡辺秀雄を知らずもとより渡辺が前記の如き債務を負担していることや、渡辺が前記のような資産状態であることを知らなかつたことが認められるので、控訴人は債権者を害することを知らないで、前記各行為をなしたものと認められ、これをくつがえすべき証拠はない。

しからば、被控訴人等は控訴人の各行為を詐害行為として取消すことができないものといわなければならない。従つて詐害行為を原因とする被控訴人等の本訴請求もその理由がないものというべきである。

なお、被控訴人等は次の如く主張する、すなわち控訴人は売買予約による仮登記をなすに際し、現に登記済権利証が被控訴人等の手にあることを知りながら、これを滅失したものとして保証書によつて申請し、以後の各登記はいずれもこの保証書を登記済証としてなされたものであり、保証書をこのように使用してなされた登記は不適法である、殊に、この保証書は保証人等が訴外渡辺秀雄と面会せずして作成したものであるから、不動産登記法第四四条に違反し保証書たる要件を具備しないものであつて、かかる保証書を使用した点からも、登記は不適法である、従つて訴外人は本件各登記の抹消登記手続を控訴人に求めるべき登記請求権を有するところ、訴外人はこれを行使しないので、被控訴人等は訴外人に対する債権を保全するため、訴外人に代位してこれを請求すると主張するので、この点について考えてみる。本件土地の登記済権利証が訴外渡辺秀雄から昭和二四年五月五日被控訴人等に抵当権設定登記のため交付されたことは、さきに認定したとおりであり、同年八月八日被控訴人等が右登記用書類によつて本件土地につき抵当権設定登記を受けたことは、当事者間に争のないところであるから、右登記済権利証は当時まで被控訴人等の手中にあつたものというべく、しかるに同年七月八日控訴人のためになされた本件各登記はいずれも保証書に基いてなされたことは、控訴人の認めるところである。而して、控訴人が保証書によつて本件登記をなすに至つたのは、原審における証人渡辺秀雄及び控訴人本人の各供述によれば、控訴人が本件土地につき登記申請をなす際、登記義務者たる渡辺秀雄が控訴人に対し、登記権利証が被控訴人等の手中に在ることを秘し、九州において紛失した旨申し出でたためであることが明らかである。(控訴人が現に登記済権利証が被控訴人等の手にあることを知りながら、故意にこれを滅失したものとして保証書による登記申請をなしたとの事実は、これを認めるべきなんらの証拠もない。)ところで右のような場合保証書によつてなされた登記が不適法なものであろうか。

おもうに、不動産登記法第四四条に登記義務者の権利に関する登記済証が滅失したときは、申請書に登記義務者の人違のないことを保証した書面(保証書)を添付することを要するとしたのはこれによつて現に登記義務者として登記の申請をなす者が登記簿上の権利名義人と同一人で登記申請がその意思に出でたものであることを確かめんとする趣旨に外ならないのであるから同条にいわゆる滅失したときとは単に登記済権利証が物質的に消滅した場合のみを指すものではなく、権利証の所在が不明だとか或は権利証の所在が判明していても、それが現に登記義務者の手中に存せず、登記義務者がこれを取戻して登記申請に提出することのできない場合をも包含するものと解すべきであつて、前記認定の如く、本件土地の登記済権利証が被控訴人等の手中に在つたため、登記義務者たる渡辺秀雄が控訴人のための登記申請(渡辺が控訴人のため本件各登記をなすことを承諾していたものと認められる。)にこれを被控訴人等より取戻して提出することができないため、控訴人に対し、これを紛失したと虚偽の申出をしたものであるから、たとえ仮に渡辺において保証書の意味を解せず(原審における証言による。)、従て保証書による登記申請を明確には承諾していなかつたとしても、保証書によつてなされた本件各登記を不適法であるということはできない。なお被控訴人等は、本件保証書は保証人等が渡辺と面会せずして作成したもので保証書たる要件を具備していないと主張するけれども、不動産登記法第四四条は保証人が登記義務者と面会して保証書を作成すべきことを規定しておらないし、他にかかる規定が存在しないから、本件保証書がその要件を具備しない無効のものであるとする主張は、これを採用することができない。されば保証書による本件各登記の不適法であることを前提として、これが抹消登記手続を求める被控訴人等の請求もその理由がないものといわなければならない。

以上のとおりであるから、被控訴人等の本訴請求は、いずれも失当として棄却すべきである。

第二、反訴。

本件土地につき昭和二四年八月八日渡辺秀雄が被控訴人等のためになした東京法務局墨田出張所受附第七七一〇号乙区順位第二番の抵当権設定登記の存することは、当事者間に争のないところである。しかるに本件土地につき昭和二四年七月八日東京法務局墨田出張所受附第六八二七号をもつて渡辺秀雄が控訴人のためになした所有権移転登記請求権保全の仮登記が存し、次いで同年九月一九日右仮登記にもとずく所有権取得の本登記が経由されたことは、さきに認定したとおりであるから、被控訴人等の前示抵当権設定登記は、控訴人の所有権取得の本登記に対抗することができず、その効力を失つたものといわなければならない。

しからば、被控訴人等の本件抵当権設定登記の抹消登記手続を求める控訴人の反訴請求は正当であるから、これを認容すべきものとする。

よつて以上と趣旨を異にする原判決は失当で、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 角村克已 菊地庚子三 吉田豊)

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